三渓園
三渓園(さんけいえん) 2017年3月20日訪問
三渓園 南門
生糸貿易により財を成した実業家 原三溪が明治39年(1906)5月1日に公開した175,000m2に及ぶ庭園
三渓園 園内には京都や鎌倉などから移築された建造物が配置されている
重要文化財10棟 横浜市指定有形文化財3棟
三渓園 南門入口
明治35年(1902)頃から造成を開始、大正3年(1914)に外苑、大正11年(1922)に内苑が完成
三渓園 苑内案内図
戦災により大きな被害を受け、昭和28年(1953)原家から横浜市に譲渡・寄贈
財団法人三溪園保勝会が設立され復旧工事を実施し現在に至る
三渓園 下馬
原三溪(本名:富太郎)は慶応4年(1868)岐阜県厚見郡佐波村(現在の岐阜県岐阜市柳津町)の庄屋をつとめた青木家の長男として生まれる
三渓園
蓮華院大正6年(1917)11月12日竣工の新築の茶室元は現在の春草廬の地にあった
三渓園 蓮華院
二畳中板向切、逆勝手の茶室
広間は六畳、土間の丸柱は宇治平等院鳳凰堂の古材と伝えられる
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